お客さんがこれを見てなにか言っても別にいい

日記に書いてあることもそれはそれで事実

あなたが見たくないであろう事実を書かないだけで、嘘は言ってないから

 

自分の手で夢を壊したあなたが悪いんだよ。

今年の12月は

過去最悪だ

 

値段がつかなくなるまで身体を売り物にしたかったけれど、身体より先に精神の限界がきている

 

過食症になったばかりの頃に、鶯谷から欠勤連絡をすることが度々あったことを思い出す

あのときにしたように少しの間休めば、暫くは元気に働けるのだろうが、時代がそれを許さない

 

愛は値崩れしないが、身体は値崩れする

金銭を介した偽りの愛もきっと、値崩れするだろう

 

死のうとした

ハラちゃんが亡くなったと聞いたとき、一度死を決意した人の意思は簡単にかえられないのだ、と思った。

 

窓のない部屋での勤務は5日間で耐えられなくなって逃げるように帰った、けどそれ以降ずっとメンタルがおかしくて、重ねて長いお客様とのトラブルがあって尚更病んでしまった

そのお客様はいわゆる善意の悪人タイプで、前々から負担に思っていたのだけれど、私が病んでいるときにプライベートに干渉したメールが届いて限界がきてしまった。

とてもお世話になったので申し訳ない気持ちもあり、3日間悩みに悩んだけれど、自宅でひとりきりになるたびにそのメールを思い出しては泣いてしまうので、「申し訳ありませんがもう関わらないで下さい」と伝える以外になかった。

軟禁から半月、そしてトラブルも今日やっと解決して、もうこれで大丈夫、と思ったのに、またひとりになった矢先、ふとスカーフに手が伸びていた。

死のうとか死にたいとか思って、薬をたくさん飲んでみたり首を吊ろうとしたことは随分前からあった。

最初のころの試みは、その動機とともに今よりもずっと可愛いもので、色々と詰めが甘く未遂とも言えないような状態で終わるばかりだったが、何度も同じようなことを繰り返していくたびに方法の精度が上がってゆくのを実感している。

今日は結んだスカーフを首にかけ、体重をゆっくりかけて、ブラックアウトしそうになったところで思い止まった。たとえ何度同じことを繰り返そうと、こうやって思い止まればいいのだと私は思っている。

けれど、酔った勢いでとか、薬で朦朧としている時にもしまたスカーフに首をかけたとしたら、本心はそんなつもりではなかったのに、本当に死んでしまうのではないだろうか。

こういうことを実行に移してしまうのは、やはりそれ以外何も希望が見えないときだ。そこまで来てしまうことはそうそうないはずだが、その僅かな時間の間は誰の声も耳に入らない。

 

長く心を病んで来てもう十分に疲弊したので、誰にも迷惑がかからないならいつでも死んで良いと思っているが、自死すれば残った誰かに必ず負担をかけてしまうだろう。

だから、毎日泣き続けることになっても、私は生きていなければならない。

そっか

昔の記事読み返したら、私は戒めのように自分の職歴を振り返っていたけど

そんなに後悔してるなら早く辞めて真人間になる努力すれば?的な


メンヘラだからそういうのわかんない、って逃げるのが常套手段だもの

あ、あたし、2年前もソープ嬢だったのね。


18歳の12月、川崎のソープで働いたのが始まり

あと1ヶ月で19歳だった


そもそも風俗嬢になったいきさつは

高校を出て上京とともにキャバクラの体入荒らしで日銭稼ぐようになり

大学の初回授業が始まる頃に恵比寿のキャバクラに本入して週4出勤、でもコミュ障だから全然伸びなかった

同業者から学べば売れるかな?と思ってホストに行き始めたのが運の尽き、今思えば

仕事のない日は毎日初回荒らしで、当然キャバクラの給料だけでやりくりできなくなり、駆け込んだのは五反田のオナクラ。

ヘルスは性病が怖くてまだ行けなかった。


そのうちホスト通いは初回だけで収まらなくなり、貯金を崩しながら何店舗かに通った

ひとりの担当に「(超売れっ子)のエースに似てる」と唆されて、SMデビュー……

そんな感じで、いつのまにか風俗嬢に


2014年の夏はまだバンドが好きだったから、ライブ遠征で地方を飛び回り、東京にいる時はSMに出勤して次の遠征代と飲み代を稼いで、夜はホストクラブ、みたいな生活をしてた

その頃はまだ「今日お金使っちゃったけど、明日また稼げばいいっしょ」が通じた時代


今はもうそんなの通じない。誰でも簡単に稼げる時代は終わったんだな、と日々実感する。


24歳、風俗業界は6年目、何度も性病になり、精神を病んだり、学業が忙しくて出勤できないときもあったけれど、それでもトータルで5000万とか稼いだはずなのに、そのお金は私欲に消えて、今はマイナス。


いつまでソープ嬢やるんだろうね